2005年06月08日

ビオトープと子どもたち

小学校にビオトープがある。先生と子どもたちが管理しているのだ。そこで行われた理科の授業に参加させてもらった。
ビオトープに生えている植物や、そこに住んでいる虫たちをデジカメで撮影して、名前や性質を調べ、オリジナル図鑑をつくろうという授業。とってもすてき。夢があるよね。
子どもたち数人と、ビオトープに足を踏み入れた。たくさんの草が生い茂っている。見慣れた草。珍しい草。子どもたちは、どんどん写真におさめていく。
「これ何ていう草やろうな」「しってる!レモンバームや」「うわ、レモンのにおい!」
「あ、クモがいる」「かっこいい〜」「きれいな花が咲いてる」「ほんまや」
とっても豊かな時間。おだやかに流れていく時間。この子たちは、現代において、こんな時間を持つことができて、きっととてもしあわせなんだと思う。幼いころのわたしもそうだった。小学校の農場で芋ほりをしたり、田植えをしたり、すごくすごく楽しかったんだ。
とてもいいお天気で、わたしも子どもたちにくっついて、夢中で地面をのぞきこんでいた。
もちろん、だるい、と言わんばかりにめんどくさそうな子もいるけれど、写真をとりだすとけっこう楽しそう。ふっふっ、実はまんざらでもないねんな。
そんなとき、「おーい!」とわたしを呼ぶ声。てんとう虫が、アブラムシを捕らえたところを見つけたって。
「すごいなあ」「食べてるで」「・・・」
てんとう虫は、必死にアブラムシに喰いついていた。みんなも、わたしも、じっと目が離せなかった。どきどきした。子どもたちはその瞬間を写真におさめ、満足そう。いちばんの写真がとれたって。アブラムシは、てんとう虫の血となり肉となる。子どもたちも、なんとなくわかっているのだろう。
こういう感覚って、まさに「センスオブワンダー」じゃないかなあ。きらきら輝く自由なこころを持っている子どもたち。これから成長するに従って、それは徐々に失われていってしまうんだろう。でも、あのとき、みんなでてんとう虫の捕食を観察したことを、自然の営みにどきどきこころ躍らせた日々があったことを、忘れないでほしいなあ。
先生にこのことを話すと、そういうことが大事なんや、とおっしゃっていた。草をアブラムシが食べて、アブラムシをてんとう虫が食べる。そしててんとう虫は鳥に食べられる。そんな食物連鎖を通じて、自然をとらえること。とっても意味のあることだって。わたしもそう思う。いのちのつながり。それはむずかしいことでも、特別なことでもなく、ごく身のまわりに、当たり前のようにゴロゴロ転がっていることなんだろう。
きっとみんな、いい図鑑がつくれるね。
posted by season at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | しぜん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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